少し前、このサイトのセクション区切りの線を消してほしいと AI エージェントに頼みました。ラベルと揃えと余白で、内容はもう十分に分かれていました。線はただそこにあるだけだったんです。
線を消すと、今度は間隔を見直す必要が出てきました。最初はデスクトップでセクション間が 80px。窮屈に見えたので少しずつ広げていき、128px でようやくしっくりきました。エージェントがコードを直し、その判断を DESIGN.md に書き残しました。
これで何かが学習されたわけではありません。エージェントは指示に従っただけで、別のプロジェクトでも同じ判断をするかどうかは分かりません。それでも、うまく言葉にできなかった好みに、指させるものができました。ひとつのレイアウトと、別の案と、私の修正です。
センスと呼ばれるものの多くは、こうすると意外と話せるようになります。結果を指して「こっちのほうがいい、理由はこう」と言えた時点で、自分の判断の一部が外に出て、ほかの人も受け取れるものになります。
だから「センスがあるからデザイナーは AI に負けない」という話を聞くと、少し落ち着かない気分になります。AI はいずれ、センスがいいと言ってかまわない判断をするようになると思っています。いつなのかは見当もつきません。ただ、それが永遠に起きないことを前提に、自分の先行きを組み立てたくはないんです。
センスは変わる
ここでいうセンスは、フォントのルール集でも、ミニマルが好きという好みでもありません。目の前の仕事に合うものを選び、合っていないところに気づき、直す力のことです。見た目としては申し分ないのに、この場面には合わないと分かることも含みます。
あの 128px は、ひとつの構成の中のひとつの選択にすぎません。どこでも使える間隔のルールにしてしまったら、肝心なところを取りこぼします。本当に私のセンスを学んだシステムなら、数字を覚えるだけでは済みません。その数字を選んだ理由が当てはまらなくなったときに、それに気づけるはずです。
スタイルガイドに従うより、ずっと難しい問題です。それでも私はこれを未解決の研究課題だと考えています。機械には越えられないと証明済みの線だとは思っていません。
その一部には、すでに取り組んでいる人たちがいます。ImageReward は、生成画像への人の評価と比較をもとに報酬モデルを学習させています。Pick-a-Pic はユーザーの比較を集めて PickScore を学習させ、人がどの画像を好むかを予測します。どちらも 2023 年の論文です。
よいほうの画像を選ぶのは、プロダクトをデザインするよりずっと小さな課題です。人がどの画像をクリックするか当てられても、見慣れないインターフェースを何か月も使ったうえで良し悪しを判断できるかは分かりません。これらの論文が示しているのは、ある種の好みは表現でき、学習できるということです。それがどこまで広がるのかは、まだ誰にも分かりません。
私自身は、論文より一歩先まで考えています。システムとフィードバックがよくなるにつれて、文脈や全体のまとまりについての判断も学べるようになっていくはずです。これは私の予想で、論文が証明していることではありません。
よいデザインが手に入りやすくなると
仮に私の予想が当たったとします。デザインの訓練をあまり受けていない人が、欲しいものを説明し、システムと一緒にまともな案をつくって、比べて、直していく。役に立つところまで持っていくのは本人ですが、そこに至るまでに必要な専門家の手は、ずっと少なくて済みます。
何かをつくりたい人にとって、これは大きな利点です。小さなプロジェクトでも、予算では到底払えなかった細かさを手に入れられるかもしれません。チームを雇えるお金ができる前に、使える形になるアイデアも増えるでしょう。
その仕事を売っている側、つまり私のような人間にとっては、あまり居心地のいい話ではありません。クライアントが私の時間を今より少なく買うだけで納得のいく結果を得られるなら、何年もかけて技術を身につけたことは、これまでの価格を支える理由になりません。仕事の質はよいままでも、希少ではなくなるわけです。
判断についても同じです。制作は AI に任せて、選ぶのは自分たちに残す。モデルが百案つくり、私たちが正しいひとつを選ぶ。そう考えたくなりますが、たくさんの案から選ぶことこそ、システムが上達していきそうなことです。「最後に決める人」の席が安全だとは、私は思っていません。
なくなる仕事の代わりに、必ずもっといい仕事が来るとも約束できません。そこは分からないんです。つくる余地が広がる人もいれば、好きで、生活を支えてもいた仕事を失う人もいるでしょう。両方が同時に起こりえます。
それよりも、このツールが実際に何を引き受けられるのかを知りたいと思っています。自分の仕事の中でいちばん大事にしている部分も含めてです。そこは自動化できないと言い切ってしまうのは、見ないで済ませる方法にすぎません。
誰の好みが繰り返されるのか
AI がセンスを学べるなら、誰のセンスを学ぶのかが重要になります。
たとえば、二択の即決投票で勝つたびに報酬をもらえるシステムを考えてみます。一目で伝わる構図は、そこでは強いでしょう。でも、何週間か使ってようやくよさが分かるデザインには、まったく別の試し方が必要です。どんなフィードバックを選ぶかで、最終的に教え込まれる判断が決まります。
私が「人気がある」と「よい」を同じものとして扱わない理由のひとつがこれです。広く好まれていても、特定のプロダクトには合わない好みはあります。並べて比べると負ける控えめな案のほうが、毎日使うにはずっと楽なこともあります。
DESIGN.md についての記事でも、似た問題にぶつかりました。参考ファイルには、それが生まれたプロダクトの前提がついてきます。モデルの初期設定にも、同じくらい疑いの目を向けたほうがいいと思います。多くの人が同じ初期設定を受け入れれば、特定の見た目がさらに増えていくのではないでしょうか。AI にもともと備わった性質だとは思いませんが、注意して見ておきたいところです。
パーソナライズは、逆の方向に引っぱるかもしれません。システムがひとりの好みを学んだり、プロジェクトの個性を保つ手助けをしたりする。見た目のよさを測る共通のスコアより、こちらのほうにずっと興味があります。ただ、すでに好きなものしか学ばないツールは、自分の繰り返しを助長することにもなりかねません。
最初は好きになれない作品に出会ったり、なじみのない方向を試したり、考えを変えたりする余地は残しておきたいんです。いいデザインツールは、過去の好みをひとつ残らず恒久的な命令として扱うのではなく、そういう余地を残してくれるはずです。
保証がなくても続ける
今の私にできるのは、なぜその選択をしたのかを、もっとはっきり言えるようになることです。ある参考資料がこのプロジェクトに合う理由や、ある案が窮屈に感じる理由を書いておけば、あとで自分と議論する材料になります。一緒に働くツールにも、「いい感じにして」よりは多くの手がかりを渡せます。
すべての判断が文書に収まるわけではありません。説明できるところから始めて、説明できないところに注意を向けていけばいい。ツールがひとつの修正を別の文脈に持ち込めるのか、いつ追加の情報が必要になるのか、その提案が、自分では見落としていた選択肢を見せてくれることはあるのか。そういうことを知りたいと思っています。
これで私の仕事が安泰になるわけではありません。それでもこのやり方を選ぶのは、永遠に続くと証明できない限界に寄りかかるのではなく、ツールが本当にできることに合わせて仕事を続けられるからです。
センスは今でも大事だと思っています。ただ、それが人間だけのものである必要はないと考えています。